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多頭の甲斐犬放棄
今から10数年年ほど前、町田市の老人が
会社の社宅裏に甲斐犬を28頭ほど飼っていて繁殖をさせていました。
オス、メスをペアーにして廃材で囲いを作りその中で子犬を産ませていました。

しかし売るわけではなく欲しい人に上げたり
また残った子犬は穴を掘って生き埋めにしていました。

その爺さんが倒れた日も子犬を埋めるために穴を掘っていて、
同僚の方が「そんなこと止めろ」と注意した時、急に倒れて病院に運ばれたのでした。

親戚の方は全頭処分してくれと町田保健所に言って来ました。
そのことで当会に相談が入りとりあえず私は見に行きました。
一斉に吠えたてる熊のような犬達。
飛び出してきたらかみ殺されるのではないかと思う恐怖を感じました。
「甲斐犬」と言う犬は他人に対し非情に警戒心が強く簡単には手なずけることは出来ません。

この会社の方が「1カ月はここに犬を置いておいても良いですよ」と許可して下さいました。
しかしこの子たちは一度も首輪を付けた事もありません。
何度も通い犬達に信頼関係を築き、首輪を着ける事からが始まりでした。
しかし数匹はどうしても唸り近ずくことも出来ず
今は亡きO獣医先生が麻酔薬を打ち眠っている間に首輪を付けケージに入れました。

柵の中に入れば泥でぐちゃぐちゃ、傾斜のある土の上は滑りそうになり
靴は泥に埋まりものすごい蚊に刺されながらの保護でした。

それからタウン誌様の協力で「里親募集」を掲載してくださり
約1カ月かけて全頭保護し里親様の元に命を繋いだ事件がありました。
その中にも妊娠していたメス犬もいて可哀想でしたが手術をし子犬を出した事もありました。
また既に子犬が生まれていた檻もあり本当に無責任な飼い主の後始末でした。
何匹かは今までにも脱走して車にひかれて死亡した犬もいたそうです。

この老人の方は入院中も家族、親戚も病院には訪れる事がないような
孤独な方だったのかもしれません。
全頭の里親様が決まった時点で私は病院に行き
「みんな助かりましたから安心して下さい」と報告に伺いました。
その後、老人の方が亡くなったと知りました。

この時の犬達もいろいろな運命をたどりました。
交通事故死、フィラリアがかなりいて死亡、散歩中草むらに薬剤が撒かれたらしく急死した犬、
脱走して東京都のセンターに収容され処分になった犬「これは後から逃げた事を知りました」、
相模原の譲渡先から逃げて今まで仲間といた町田方面に帰る途中に
妹犬のいる近くに毎日現れて再度保護した犬「この子は最終的に行方不明」、

また反対に今日連絡頂きましたN様、
さすけ君と言うお名前を付けていただき天国へと旅立ったとの連絡を下さいました。
22キロもあった犬の介護をして下さり
「本当に大人しい子で近所でも犬がいるのを分からない位吠えない子でした。
自分もこの子に沢山癒されました」と愛情いっぱいに育ててくださった里親様でした。
長い間きちんと育てていただき最後の報告まで下さった事に本当に感謝致します。
ありがとうございました。

最初「甲斐犬」と言う犬種に私は余り好感を持ってはいませんでした。
しかしこの子たちに接することで初めてこの犬種の持つ味わいのある性格が分かりました。
地味で控目でどこか古武士的で媚を売らない、
その半面、信頼関係が出来れば誰よりも人間が大好きな犬であること。
熊と闘う闘争心と裏腹に飼い主にはあふれるほどの忠実さを持った犬種であること。
それはこの犬種を飼育してみて初めて分かるのだろうとその時に感じました。
今思えばものすごく大変なレスキューでした。
あの時の犬達は皆それぞれの一生を過ごした事でしょう。
[2014/03/26 15:43] | 放棄・虐待 | page top
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