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殺処分「0」に向かって 季刊2014年7月夏期号
この夢の様な言葉を聞けるようになる迄どれだけの年月を要したことでしょうか?
 収容施設に入った犬猫は公示期間が終われば自動的にガス室に追い込まれて処分されていた毎日。
 当会が初めて神奈川県のセンターより各個人が引き出しを始めた30年前
 今思い返せば天国と地獄のような違いでした。
 「会報第一号」を発行した1992年1月号からの抜粋です。

 かれこれ5年前、娘が一匹の子犬を拾って来たのです。
 しかし、娘の優しい気持ちはいたいほど分かるのですが、我が家にはすでに一匹の犬が居ます。
 同居の母はもともと動物を飼うのは嫌いでとても2匹は無理。
 小さな子犬は日増しになつき、
 私が台所で食事の用意をしていると足元のスリッパの中に入って顔だけはじっと私を見上げていました。
 里親さんを探しても見つからず、母が旅行から帰って来る前日、動物保護センターに電話をしました。
 係の方が引き取りに来られた時はスヤスヤと寝ていました。
 そっと寝たままの状態で連れて行ってもらいました。
 車の音が完全に遠ざかるまで耳をふさいでいました。
 その夜、娘も私も一睡も出来ず、闇の中で子犬の鳴き声が聞こえ涙が止まりませんでした。

 そして、娘が帰宅するやいなや二人でセンターにタクシーをとばしました。
 「ジュン!ジュン! 今 迎えに行くから」
 しかし、一度渡してしまったら引き取る手続きが大変でした。
 重なりあうように汚くなっている沢山の子犬の中から、ジュンはどの子か分からず諦めようかと思ったくらいでした。 
 しかしたった一週間しか居なかったのに、子犬は覚えていてくれたのです。
 小さいのに私達の目に留まろうとして、他の子犬の頭の上に乗って一生懸命見つけて欲しくて呼んでいました。
 綺麗にシャンプーしてあげたのに、たった一晩で変わり果てたジュンをもう少しのところで見逃すところでした。
 その後、娘のクラスの男の子の家で飼って頂けることになりました。



 この文章を読みながら30年前のセンターの収容状況を思い出してしまいました。
 罪のない犬・猫達は動物実験用に払い下げられ拾った方と飼い主以外には渡してもらえず
 全部殺処分になって行きました。
 その状況の中で当会の活動はいかに過酷なことだったかをお分かり頂けたと思います。

 現在2020年のオリンピックの年までに「殺処分0」を目指して動き始めました。
 神奈川県(平塚の保護センター、川崎の保護センターのみ)
 東京都は「殺処分0」を達成出来ましたが、まだまだ昨年度も17万頭の犬猫が全国では処分されています。
 今後「繁殖業者」の更なる法律での規制も行っていかなければ「殺処分0」への本当の道は開かれないと実感しています。 
 当会は現在「殺処分ワースト1」を8年更新している茨城県の処分頭数を減らすことが出来るよう日々悪戦苦闘しています。
[2014/07/12 11:15] | 会報:救いを求める犬猫ニュース | page top
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